▼設立:1996年確か3月頃、大阪西天満「AFTER HOURS」の10周年記念パーティーの余興バンドとして常連客で結成されたバンドが母体。
結成当時はボーカル、ギター、ベース、ドラムス、テナーサックス、ピアニカ、コーラス・ダンサー、トランペット(ゲスト)の8人編成)。
▼従業員数:10人(2010年3月時点)
▼事業概要:黒人音楽を中心とした音曲の演奏。ブルース、(南部系・シカゴ系・ジャンプ・ジャイブ)ソウル、R&B,ゴスペルの他、ロック、フォーク、演歌にいたるまで。特定のジャンルは持たない。
▼事業沿革:
<第1期>
1996年結成。大阪梅田「バナナホール」にて[AFTER HOURS]10周年記念パーティーでデビュー。
演奏曲目は、「ルイジアナ・ママ」、「ヨコスカ・ブルース」、That Lucky Old Sun,「バイバイ・ベイビー」、アンコールの「THE WEIGHT」の5曲。各曲のキーが覚えられず毎回確認が必要な状態だった。
巧拙はともかく、元気なのがええ、が聴衆の大半の感想。
10周年パーティー後、初代ベーシスト(タクヒコ氏)退団。バンドも暫く休眠状態が続く。
<第2期>
解散するには惜しいという内外の声(スケベ根性という噂も)が上がり、二代目ベーシスト(イモト)、ドラマー(ノリオ)を迎え、まきがコーラスからアルトサックスへ、また旧ドラマー(ライゾ)が腰痛を訴え、ハープへの転向などバンド内シフトを実施し活動再開。こうして不死鳥(ゾンビとも言える)の如くブルースバンドとしてバンドは蘇った。
西天満界隈の練習スタジオと居酒屋を転々とし練習と反省会に明け暮れる。
最年少女性トランぺッター(いつみ)とピアニスト(キラ)を迎える(客員講師をするメンバーの教え子)。
1998年12月、阿部登氏のお計らいで大阪アメリカ村「サンホール」のイベントに出演。当日べーシストが激務のため出演できす、ベース抜きの出演となった。会場には東京から高名音楽評論家も応援に駆けつけて頂いた。濃い出演者の中、バンドは借りて来た猫状態だった。
演奏曲目は Messin' with the KId, Nobody knows you,Everything is gonna be all right,
の3曲。レパートリーは、ほぼこの3曲しかなかった。
<第3期>
二代目ベーシスト(イモト)、初代ピアニスト(キラ)、相次いで脱退。三代目ベーシスト(ヒロタカ)加入。この頃、主に結婚披露パーティーなどを活動の場にする。この頃からmhpのライゾはギターを持ち始める。
二代目ピアニスト(ゆうこ)、二人目のトランぺッター(☆やん)がメンバーに加わる。スタジオ、居酒屋を転々とするライフスタイルが続く。
(その頃の写真--撮影:ダンディー吉田氏)
2000年10月,Hard Rainにて初ライブ。ゲストは奥村ヒデマロ氏、オギノ式ユニット。フライヤ
2000年12月阿部氏主催「宇宙まんまる教ライブ」に出演。 まんまる教護符
月刊誌「大阪人」にバンド紹介記事掲載。
2001年5月、21世紀特別枠で「春一番2001」に出演。オリジナル曲など3曲演奏。参考: 『春一番』過去の出演者
2001年7月 RAIN DOGS にてセカンドライブ。ゲストはAIRIS。
アルトサックス(RAYCO)が新加入。これでasは2管に。
tp(いつみ)がtbに転向。
2001年9月、「AFTER HOURS 15周年記念パーティー」に出演。ゲストトランぺッターはトーヤマ氏。この後トーヤマ氏は正式加入。
トロンボーンの(タケ)が加入。これでホーンセクションは、5人編成に(強力)。
2001年12月、「CLUB WATER」にて、「宇宙まんまる教ライブ」に出演。ホーンセクションはアベさんのバンド確か、当時『雲子』?にレンタル出演、Brown sugar を競演。
2002年5月、「春一番2002」に2回目の出演。当時の写真(撮影:光玄氏)
2002年9月、サード・ライブ(兼AFTER HOURS 16周年記念)。ゲストは「しょうじ&と」からしょうじ氏。しょーちゃんから、シカゴ仕込みのブルース魂、鯨飲・泥酔など教わったものは大きかった。
RAYCOがbsに転向。まき姐が名器ヤナギサワを入手。
2002年12月、心斎橋「KNAVE」にて阿部氏主催イベントに参加。withしょーちゃん
2003年5月5日、「春一番2003」にAHB+1(しょーちゃんfromしょうじ&と)で3回目の出演。
bsのRAYCOが「東京中低域』に乞われ、坂田 明氏とともにステージに飛び入り友情出演。
2003年9月23日、RAIN DOGSにて4thライブ
ゲストは、「下駄」,「三井はんと大村はん」。ゲストのパワーに押されっぱなしのライブでした (フライヤ)。
2003年12月、堀江KNAVEにて、あべちゃん主催大阪パラダイス「宇宙まんまる教」ライブに出演。いつもながら楽しいライブでした。
2004年1月、バンドスタッフのスギモト氏、なんしーが帰郷。AFTER HOURSにて送別会開く。
上記送別会席上にて、社長、のエルキュール上野氏が、本業に専念することを理由に一旦バンド活動を休止することを表明。
<第4期>
2004年2月、エルキュール氏の抜けた形でバンド活動再開。BOTにてスタジオ練習。
2004年3月、バナナホールにて、しょうちゃん、義郎さん、ゲンさんのギタリスト3人による「3人会わせて150才記念ライブ」。新生AFTER HOURS BANDからホーンセクションがレンタル出演。ええホーンでした。
2004年9月30日 西天満BLUES NIGHT(Produced by ひでまろ)に出演。
AHB復活後の初ライブ。共演はAZMI。ゲストボーカルはミナミ"Wild Cherry"からマチャミを迎えました。一同不安の中で迎えた当日の会場”RAIN DOGS”は2階まで満席の盛況でした。主宰の奥村ヒデマロ氏、松本さん、遊さん、スタッフご一同に感謝、感謝。 (フライヤ)。
2004年11月30日 RAIN DOGSにて、Honker(ts)友人の高橋さんご結婚披露パーティーに出演。和歌山からバスチャーターで大挙のご列席の暖かいパーティーでした。高橋さん、いつまでもお幸せに。
2004年12月24日 RAIN DOGS EVE NIGHT に出演。寒い夜にもかかわらず、出演7バンドの熱演でホットなイブでした。これがAfter Hours Band としての最後のステージになりました。